偶然の出会いと、さよならのとき

旧友

昨日、亡くなった患者さんは、タクシーの運転手をしていた。

ある日、タクシーを止めると、70過ぎの彼が運転する車だった。何という偶然だろう。何千というタクシーで、彼の車に会うなんて。

講演会場までの、わずかな時間。前の仕事がうまくいかず、子どもを育てる間、つなぎのつもりで始めた仕事だが、いつのまにか、何十年にもなっていることを話してくれた。

以前は、管理職だった彼からみると、タクシー業界は、サービス業としては何とも遅れていると嘆いていた。接客業として、お客様を大事にするという意識がない運転手が多すぎると。

彼は、私が乗り込むときから降りるときまで、決してしゃべりすぎず、気を配りながら、笑顔を絶やさなかった。恵まれた職場環境ではないはずだが、彼からは、自分の仕事に対するプライドが感じられた。

亡くなるふた月ほど前まで、彼は仕事をしていた。

診察のたびに痩せていく彼に、仕事がきつければ、休んだらどうかというのだが、彼は、この仕事が好きだから続けたい、といつも笑顔で答えるのだった。入院しても、いつも、笑顔を絶やさない人だった。

いのちのしずくは散ってしまったけれど、誠実に仕事をすることの美しさを、彼は僕に教えてくれた。

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