先生の言葉には傷つくものだ

もう3年もエレキギターの教室に通っているのだが、音楽の才能がないので、まったくうまくならずに、最近は少々通うのが億劫になっている。

20台半ばの先生は、マジメな正確らしく、楽譜通りにきちんと弾かないと許してくれない。

教える方としてはあたりまえのことだろうが、遊び半分の不真面目な生徒としては、それが窮屈なのである。

先週、ギター教室で、16ビート(1小節に16回、音をだすこと)を弾いていた。

自分としてはうまく弾けているつもりだったのだが、唐突に先生から、

「祭りが好きなんですか?」

「はあ? 別に好きじゃありませんけど。」

「ギターが、音頭になってますよ。」

確かにリズムが合ってないので、

「スチャ、スチャ、スチャ、スチャ」

と鳴るはずのギターが、

「どどんがどん、どどんがどん、、、」

と聞こえたのだろう。

先生の虫の居所が悪かったのだろうが、これには傷ついた。

教える方は、ささいな皮肉だったかも知れないが、

教えられる方は、知識も、技術も圧倒的に劣っているので、

先生の言葉が心に刺さるのだ。

これは、医者と患者の間にも成り立つ話で、私が医者として先生と呼ばれるときには、生徒としての患者を傷つけているだろう。

先生と呼ばれるからには、先生らしく、言葉の力に気をつかいたい。

生徒になった私は、先生を見て、そう思った。

 

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