たらい回しに異議あり

手元のiPodの辞書(大辞林)で、「たらい回し」を引いてみた。

1.足でたらいを回す曲芸
2.物事、地位などをある範囲内で次から次へと送り回すこと。「政権の-」、「病院を-にされる」

驚いた。辞書の例文にまで、病院のたらい回しが入っている。

しかし、これには異議を唱えたい。

救急患者をたらい回しにする、というと、病院の玄関まで運ばれてきた患者を追い返す、と思われているのではなかろうか。

救急患者の受け入れは、まず、救急隊から当直医などへ、受け入れの要請の連絡が入る。

連絡を受けた医師は、患者の様態、意識、血圧や呼吸状態などを聞いて、病気の状態や重症度を判断し、病院が受け入れ可能かどうかを決める。

受け入れ可能なら、そのように返事をし、救急車がやってくる。無理なら、救急隊は別の病院に連絡する。

救急患者の受け入れができないときは、それなりの理由があるわけで、たらい回しにしているのではなく、別の病院に行くように返事をしているのだ。

どんな理由があるかは、病院ごとに事情が違うだろうが、

内科系、外科系が2人以上当直しているような大きな病院は、救急患者が集中するので、別の患者の処置中で対応できない、ベッドが一杯で受け入れできないことがある。

言い訳のように聞こえるかも知れないが、一人の重症患者が運び込まれれば、その治療で手一杯になり、別の患者まで対応できない。ふたり寝かせて、同時に対応するような芸当はできないのだ。治療は短時間で終わらないことも多く、当然、入院になるわけだから、ベッドが空いていなければ、どうにもならない。

一つぐらい空いてるだろうと思われるかも知れないが、大きな病院はぎりぎりで回しているので、本当にベッドがないのだ。

小さな病院で救急をやっているところもあるが、当直が一人だったり、専門医がいなかったり、とにかく、マンパワーがないものだから、重症患者は受け入れできないところも多い。

それでも、医者なんだから、とにかく診ればいいじゃないかと言われるかも知れないが、十分な体制がないのに無理をして受け入れて、処置ができなかったり、手に負えなかったときは、訴えられる。

できないものは、できないから断る。中途半端に受け入れて、患者をリスクにさらしたくない。

Drコトーのように、島に一つの診療所なら、何でも受け入れるしかない。しかし、町の真ん中で、他にもたくさん病院があるのだから、対応のできる病院に行って下さい、と断る。

救急車は、たらい回しにされるのではなく、受け入れを断られる。それを、たらい回しとうのは、言葉の使い方として間違っている。

たらい回しは、この国の医療体制の貧困さを現した表現で、モラルの低い医者がたらいを回しているわけでない。

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