腫瘍マーカー

研究

腫瘍マーカーとは、癌細胞または癌に対する体の反応によって作られ、血液や尿、組織などで増加している物質のことです。癌の診断や治療の目印になるので腫瘍マーカー、癌マーカーとよばれます。

腫瘍マーカーは、がんの種類や病気の広がり、治療がどれくらい効くかの予測、再発の発見などに使われます。しかしながら、腫瘍マーカーの測定だけでは、がんを診断するのに十分ではありません。なぜなら、

  1. 腫瘍マーカーは、良性の腫瘍でも上昇することがあります。
  2. 腫瘍マーカーは、すべてのがん患者で上昇するものではありません。また、特に病気の初期の段階から上昇するとは限りません。
  3. 腫瘍マーカーは、特定のがんだけでなく、いくつかのがんの種類で上昇することがあります。

下表は、各臓器のがんについて代表的な腫瘍マーカーを一覧にしたものです。ただし、がんの診断のためにこのすべてを網羅的に検査するものではありません。必要に応じて、このうちのいくつかを適当な期間をおいて検査し、数値の変動を見ながら判断していきます。

癌の種類 腫瘍マーカー
食道癌 (扁平上皮癌) SCC, p53抗体;(腺癌) CEA, CA19-9, p53抗体 
胃癌 CEA, CA19-9, CA72-4, STN, SLX, NCC-ST-439
膵癌 CA19-9, CEA, Dupan-2, Span-1
肝細胞癌 AFP, PIVKA-II, AFP-L3分画
大腸癌 CEA
肺非小細胞癌 CEA, CYFRA21-1, SLX, SCC
肺小細胞癌 NSE, ProGRP
乳癌 CA15-3, CEA
膀胱癌 尿中NMP22, BTA test
前立腺癌 PSA
卵巣癌 CA125

腫瘍マーカーは万能ではありません

人間ドックなどの健康診断で、画像診断をせずに腫瘍マーカーだけを測る場合があるようですが、これは、あまり意味がありません。ただし、例外なのが、前立腺がんの腫瘍マーカー PSAです。PSAは、がんの比較的早期から数値が上がってきます。しかし、良性の前立腺肥大などでも上昇することがあるので、数値だけで自己判断せず、泌尿器科の先生と相談してください。

このあとは、それぞれの癌ごとに腫瘍マーカーを解説していきたいと思います。

  1. 肺癌
  2. 乳癌
  3. 肝癌
  4. 前立腺癌
  5. 甲状腺癌
  6. 卵巣癌

肺癌の腫瘍マーカー

  1. 癌の診断の補助:
    腫瘍マーカーが高いと癌の可能性があり、 数値がかなり高いときには進行している可能性があります。また、組織型によって特徴的なパターンがあり、組織型の推測に役立ちます。いずれも、画像診断や組織診断によって確定診断を行う必要があります。
  2. 癌の治療効果の判定:
    手術や、放射線・抗癌剤治療などの効果があると、数値が下がります。しかし、治療前に腫瘍マーカーが上がっていないケースでは、参考になりません。
  3. 再発の予測:
    いったん下がった腫瘍マーカーが、再び、上昇してきたときは、再発している可能性があります。

肺癌で上昇する主な腫瘍マーカーには、CEA、CYFRA、SCC、NSE、ProGRPなどがあります。

  • CEA:CEAは肺癌だけでなく、いろいろな癌で上昇します。肺癌のなかでも、腺癌という組織型で高くなることが多いのが特徴です。肺癌全体におけるCEAの陽性率は約50%、腺癌での陽性率は約60%です。癌がかなり進行してから上昇することが多いので、早期癌のスクリーニングには適しません。高齢者や喫煙で上昇することがあり、慢性気管支炎、糖尿病など癌以外の病気で上昇することもありますので注意が必要です。手術後にCEAが上昇してくる場合は、再発の可能性を考慮する必要があります。
  • SCC:扁平上皮癌で上昇します。扁平上皮癌の約60%で陽性になります。
    肺癌以外にも子宮頸癌、食道癌などで上昇することがあります。年齢や喫煙の影響は受けませんが、良性の病気でも上昇することがあります。治療効果の判定や再発の指標として有用です。
  • CYFRA(シフラ):扁平上皮癌という組織型で上昇することが多く、扁平上皮癌の60-80%で陽性になります。腺癌でも、40%程度が陽性になります。癌の進行とともに上昇しますが、癌以外の腎臓や肺の病気でも上昇します。喫煙の影響は受けません。治療効果の判定や再発の指標として有用です。
  • NSE:小細胞癌という組織型で上昇することが多く、小細胞癌の60-80%で陽性になります。小細胞癌の治療効果の判定や再発の指標として使われます。
  • ProGRP:小細胞癌に特異的な腫瘍マーカーで、陽性率は60−70%です。非小細胞癌の陽性率は、5%以下です。しかし、小細胞癌のなかには、ProGRPが正常でNSEだけが高い例もありますので注意が必要です。治療効果の判定や再発の指標として使われます。肺癌だけで上昇する腫瘍マーカーはありませんので、腫瘍マーカーだけで診断を行うことはできません。

肺癌を疑う場合には、CEA、CYFRA、ProGRPなどを組み合わせて採血し、診断の補助的手段として使うことが一般的です。いずれかの腫瘍マーカーが高値であれば、手術や化学療法などの治療効果の判定や、再発を発見するための経過観察のときに有用となります。


乳癌の腫瘍マーカー

  • 乳癌の腫瘍マーカーは早期癌での陽性率は低いので、癌をみつけるための検診の目的では使いません。手術後の再発の発見、転移の進行具合、抗癌剤や放射線の治療効果の判定の参考になります。
  • 乳癌で上昇する主な腫瘍マーカーには、CA15-3、CEAなどがあります。
    • CA15-3:乳癌で上昇することが多いマーカーですが、乳腺の炎症、妊娠後期、肝炎、卵巣腫瘍などでも上昇することがあります。病期1で陽性率は10%前後で、 早期診断には役に立ちません。
    • CEA:他の消化器癌でも上昇することがあり、肺炎や気管支炎、肝炎、膵炎、腎不全、ヘビースモーカーでも陽性になることがあります。

肝癌の腫瘍マーカー

  • 肝臓の癌には、肝臓からできる癌(原発性肝癌)と、他の臓器から肝臓に転移してできる癌(転移性肝癌)があります。原発性肝癌には、肝細胞からできる肝細胞癌と、胆管細胞からできる胆管細胞癌があり、このうち95%以上が肝細胞癌です。
  • 肝細胞癌の原因のほとんどは、B型およびC型肝炎ウイルスによる慢性肝炎や肝硬変によるものです。肝細胞癌にはAFP、PIVKA-IIなどの優れた腫瘍マーカーがありますが、胆管細胞癌には良い腫瘍マーカーがありません。

肝細胞癌の腫瘍マーカー

  • AFP(α-fetoprotein, アルファ-フェトプロテイン):AFPは肝細胞癌の代表的な腫瘍マーカーです。AFPは肝細胞が再生するときにも産生されるので、肝細胞癌のない慢性肝炎や肝硬変でも上昇することがあります。AFPが持続的に上昇する場合は、将来癌ができる危険が高いと考えられています。AFPの上昇がある場合は、AFPの一部であるL3(AFP-L3)が参考になります。
  • AFP-L3:AFPの一部であるAFP-L3は肝細胞癌に対する特異性が高く、癌の悪性度が高い、癌の個数が多い、癌が大きいなどの場合にAFP-L3が高値になります。
  • PIVKA-II:肝細胞癌に特異性の高い腫瘍マーカーですが、AFPとの関連がないため、AFPでの見落としをカバーするために使われることがあります。癌がない場合でも、黄疸や薬剤(ワーファリンや抗生物質など)でビタミンKが欠乏したときに上昇することがあります。

前立腺癌とPSA

前立腺が腫れると、「尿が出にくい」、「トイレが近い」、「尿の勢いがない」などの症状が起きますが、こういった症状は前立腺肥大症でも、前立腺癌でも起こります。また、早期の前立腺癌では尿道を圧迫しないため、症状はなかなか現れません。ですから、症状だけから前立腺癌を発見するのは困難です。

PSA(ピーエスエー)は、血液検査で前立腺癌をみつけることができる画期的な検査です。PSAは前立腺でつくられ血液の中に放出される、腫瘍マーカーといわれるタンパク質ですが、この数値が高いほど前立腺癌の可能性が高くなります。ただし、PSAは前立腺肥大や前立腺炎でも増加することがあるので、PSAが高いからといって必ず癌とは限りませんが、PSAが高い場合は専門医による検査が必要です。

  • PSAの判定基準
    • 4ng/ml以下:正常です。年1回の定期的な検査を続けましょう。
    • 4.1~10ng/ml:グレーゾーン。前立腺癌のほかに、前立腺肥大や前立腺炎などの良性の病気の場合があります。泌尿器の専門医による超音波検査などの二次検査が必要です。
    • 10.1ng/ml以上:陽性。癌の可能性がありますので、専門医による二次検査が必要です。

前立腺癌は、PSA検査によって早期に発見することが可能です。50歳を過ぎたら、年1回、PSAを定期的に検査しましょう。


甲状腺癌

甲状腺癌のなかで、「髄様癌」という組織型では、血液中のカルシトニン、CEAが上昇するので腫瘍マーカーとして使われます。しかし、髄様癌の頻度は低く、全体の1.5%ほどで、甲状腺癌のすべてを診断するような腫瘍マーカーはありません。また、CEAやカルシトニンも、診断の補助、術後の経過観察、再発の監視のために使われるもので、腫瘍マーカーだけで診断できるものではありません。甲状腺全摘術を行った場合は、術後の再発マーカーとしてサイログロブリンが用いられます。

  • 甲状腺癌は、病理組織学的に以下のように分類されます。
    1. 乳頭癌
    2. 濾胞癌
    3. 未分化癌
    4. 髄様癌
    5. 悪性リンパ腫
  1. 乳頭癌
    • 甲状腺癌の中で最も頻度が高く、全体の90%
    • 男女比は1:7-8
    • リンパ節転移が多い
    • ゆっくり進行し、予後はよい
    • 術後10年生存率は90%、予後は良好
  2. 濾胞癌
    • 乳頭癌についで多い(約5%)
    • 10年生存率が約80%
    • 血行転移が多い
    • さらに、微小浸潤型と広汎浸潤型に分類され、後者の予後は悪い
  3. 髄様癌
    • 甲状腺悪性腫瘍の約1.5%
    • 腫瘍マーカーとして、血液中のCEA、カルシトニンが上昇する
    • 遺伝性の髄様癌に、遺伝性の多発性内分泌腺種症(multiple endocrine neoplasia:MEN)、家族性髄様癌(familial medullary thyroid carcinoma:FMTC)がある
    • MENでは、副腎褐色細胞腫や副甲状腺過形成を合併することが多い
    • MEN2Aでは、RET遺伝子の変異を認める
  4. 未分化癌
    • 全体の2-3%
    • 高齢者、男性に多い
    • ほとんどが乳頭癌からの転化
    • 予後は不良
  5. 悪性リンパ腫
    • 慢性甲状腺炎(橋本病)の人に多い
    • Gaシンチグラムで陽性、超音波検査で低エコー像を呈する

卵巣癌の腫瘍マーカー

卵巣癌の代表的な腫瘍マーカーがCA125です。CA125の卵巣癌における陽性率は約80%で、進行癌では90%にもなります。しかし、早期癌では50%程度と高くありません。

CA125の弱点ともいえるのは、婦人科疾患などで偽陽性(卵巣癌でないのに数値が上がる)になる場合が多いことです。月経前、妊娠、子宮内膜症、骨盤腹膜炎、胸腹水貯留、子宮体癌、肝癌、膵癌などで偽陽性になることがあるため、数値の解釈には注意が必要です。

CA125だけで卵巣腫瘍の良性、悪性を鑑別することは困難ですが、卵巣癌治療後にCA125を定期的に計測することで、治療効果の判定や再発の早期診断に役立つ有用なマーカーです。


<参考>
国立がん研究センター「がん情報サービス」
日本分子腫瘍マーカー研究会編「分子腫瘍マーカー診療ガイドライン 第2版」金原出版 2021.

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