もう以前の話だが、息子の高校で名ばかりの役員をしていた。役員といっても、仕事は年に2回の報告会と、新年の親睦会に出席するだけの形ばかりのものだったが、この親睦会のときの、校長先生との会話が、今も記憶に残っている。
その頃、息子は、私になかなか心を開こうとしてくれず、私もどう接していいかわからず、会話もない毎日を過ごしていた。息子は、将来の目標が見えずに、勉強することの意味、大学に行くことの意味がわからなくなっていた時期だったのだと思う。
息子に声をかけても無視され、どう、コミュニケーションをとればいいのか、わからない。嫁さんからは、もっと、悠然と落ち着いて構えればいい、と言われるのだが、結局は何も話ができないままの時間を過ごしていた。
どんな大学へ行けとか、どんな仕事をしろ、とか言うつもりはなく、ただ、やりたいことが見つかればいい、と思っている。しかし、本当にやりたいことなんて、簡単に見つかるものではない。私なんか、いい歳をして、未だに、本当にやりたいことが見つかっているのかは定かでない。
そんなとき、親睦会で少し酒の入った校長先生に、「子どもにどんな風に接していいかわからないんです」と話しかけてみたところ、「親の背中を見せればいいんですよ。」と返答された。
これには、少々かちんと来た。じゃあ、私の背中が悪いというのか。私の生き方に自信がないから、子どもはそれに反発するのか。
確かに、家族の前ではへらへらしているが、自分なりに真剣に、誠実に生きてきた。たいした背中じゃなくても、親だって精一杯生きている。ここまで書いて、ふと、考えた。
家族のためにと言い訳をして、面白くもない仕事を我慢している自分の背中を見せて、「ほら、お前たちのために頑張っている俺は偉いだろう。」そんな背中を見せられても、子どもにしてみれば、迷惑な話だ。
子どもよ、親と同じような人生を送る必要はありません。自分らしい生き方を見つけてください。そのために、私の背中なりを、身近なひとりの生き方として見てください。
へらへらして、楽しく、悩んだり、こだわったり、失敗したりして、それでも、こんな風に生きている私の姿を、どうぞ、ご覧ください。与えられた環境のなかで、いつも、最後まで全力を尽くすのが、私のやり方です。
医知場先生、いつもわかりやすい解説ありがとうございます。
先生のエッセイも いつもそうだな。と、励まされています。
親思う心に勝る親心、松陰先生はおっしゃいましたが、
仕事で子供たちに接し、
子どもたちはみんな何より純粋に親の幸せや笑顔を望み、
自分のことを心配している親の姿もつらいのだなあと
他人の子どもたちを見て改めて思いました。
ホントに先生のおっしゃるように、
親は笑顔で幸せに生きて幸せに死んでいくことが
子どもに遺してやれることなのかなあと思ったりします。
先生の笑顔は、きっとご家族や患者さんを幸せにしていると思います。
またいろんな情報発信楽しみにしてますね。
Candyさん、コメントありがとうございます。
ブログでは偉そうな文章を書いていますが、
私自身、自分の生き方をいつも迷いながら過ごしています。
医者としても、理想と現実の間で葛藤しながら、
ときには、すべてを投げ出したくなることもあります。
それでも、家族や友人、同僚たちの愛情に支えられて、
毎日を過ごすことができる幸せを感じます。
子どもたちに自慢できるほどの成功はありませんが、
もがきながら、前を向いていく姿くらいなら残せるのかなと思っています。
ご無沙汰しております。
「親の背中」拝読いたしました。
小生には、子供を育てた経験がなく、大きなことは言えませんが、周囲でよく「親の背中を・・・・・」なる言葉を
聞きます。余り好きな言葉ではありません。例え小生に子供がいても言えるほど立派な背中はしていないし、
子供には子供の世界がある筈、強要はしないでしょう。サラリーマン現役時代も、上司や先輩の背中など当てに
したことは皆無でした。彼らの考え方を、取捨選択し良しとする部分を自分なりに解釈、実践に移すやり方を
最善と考えていました。多分、子供にもそのように接したと思います。
貴エッセイの最後6行「こどもよ、親と・・・・・」以下の部分、感動ものです。
とくに最後の1行、「与えられた環境のなかで、いつも、最後まで全力をつくすのが、私のやり方です」の項、
同感です。小生もいつも言っています。いや、言っていたと申し上げた方が正しいかも、今年74歳ですから。
竹下さん、過分なコメントをありがとうございます。
私も、親の背中はずっと見ていました。
とくに、父親の背中には、大きな影響を受けたと思っています。
裸一貫から小さな会社を作り、金銭的にはささやかな成功を収めた父親を尊敬しています。
しかし、父とはあまり遊んだ記憶はありません。
認知症が少し進んだこともあるのでしょうが、
今でも会うたびに、金の話ばかりで、昔話や亡くなった母のことなど、話すことはありません。
幸せという価値観を、金銭的な価値観として刷り込まれてきたような気がします。
それは、私の人生の選択肢の自由度を、少しだけ下げたのかも知れません。
私は、子どもに見せるほどの背中はありませんが、
むしろ、私の笑顔を、正面から見せることが大事なことではないのかと、
今は、あのときの校長先生に言いたいのです。