いつもは、ひとりで外来にやってくる90過ぎの女性が、今日は、娘を二人連れてやってきた。こういうときは、家で何かおきているときだ。
娘さんの話では、外で道に迷ったり、家の中でもトイレの場所がわからなくなったり、鍋に火をつけたまま忘れたり、孫の名前がわからなくなったり、明らかに認知症の症状がでている。
90過ぎてはいるが、足腰は丈夫、頭もしっかりして、元気な年寄り。というのが、私の印象だった。年齢なりに、心臓が少し弱っているが、これなら、100まで大丈夫。
しかし、数ヶ月前から、場所や時間の見当がわからなくなってきたらしい。それでも、診察のときの私との会話は、いつもと変わらなかった。
認知症は、話したことをすぐに聞き返す程度の、短時間の記憶力は残っているが、しばらく前のことは覚えていない。だから、診察室のなかでの数分間程度の会話だけでは、認知症は判断できない。
認知症に気づくのは、やはり、一緒に生活している家族であることが多い。診察室についてきた家族に、いろいろな出来事を教えてもらって、やっと、わかる。
家族の方を、振り返り、振り返り、「本当にそんなことがあったのか」と聞き返すとき、その出来事を全部、忘れている認知症患者の姿が明らかになる。
道に迷ったり、火事を出しそうになったことも、全部、忘れているから、診察室で、いつもと変わらない陽気な顔で、私に話しかけてくれていたのだ。
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